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生物物理計算化学者の雛

主に科学に関する諸々を書き留めています。

マイナス絶対温度を実現した元論文のアブストラクト抄訳&解説

化学

先日書いた簡単な解説(絶対温度0度以下の温度って?)が多くの方に読んでいただけていますので、追加の解説をしておきます。

このような科学記事をきちんと理解したいならば、最も重要となるのは「元論文に当たる」ことです。
Scienceの論文(英語)
ということで、記事の元論文であるScienceの論文のアブストラクトを訳して解説をつけました。
なお、私はこのような統計熱力学を専門としているわけではないので、いろいろとミス、勘違い等あるかもしれませんので、その点はご容赦ください。

アブストラクト抄訳

  1. 絶対温度は通常プラスである。
  2. しかし特別な状況下では、負の絶対温度 -低エネルギー状態よりも高エネルギー状態の方が高い頻度を持つ- を実現することができる。
  3. そのような状況は過去に有限・離散的スペクトルを示す局所的な系で実現されている。
  4. 本論文では、運動自由度における負の温度を実現した。
  5. (これ以降は専門外のため和訳精度に自信無し)Bose-Hubbardハミルトニアンに基づき、任意の数の原子で構成される引力的に相互作用する極低温ボソンのアンサンブルを作成しマイナス温度を実現した。
  6. quasimomentum分布(?)はバンド上限においてシャープなピークを形成し、数個の格子に渡る熱平衡およびボソンコヒーレンスが示された。
  7. 負の温度は負の圧力を暗示し、低温原子の新たなパラメータ領域につながるものであり、根本的に新しい多体系を可能とするものである。

解説

アブストラクトの文1-7について順次解説します。

1-2. 絶対温度は通常プラスである。しかし特別な状況下では、負の絶対温度 -低エネルギー状態よりも高エネルギー状態の方が高い頻度を持つ- を実現することができる。
これはまさに私が前回解説したことです。

3. そのような状況は過去に有限・離散的スペクトルを示す局所的な系で実現されている。
実際にマイナス温度そのものはスピン系のような系で過去に報告されているものです。従って、「世界で初めてマイナス温度を実現」という文言は過大な表現となります。実際に特定波長の光を発するレーザーは「マイナス温度」に相当する高エネルギー状態の比率が高い状況を作りだして、レーザー発振を行っているケースがあります。

4. 本論文では、運動自由度における負の温度を実現した。
この文がこの論文の新規性を記述しています。(この分野は詳しくないので推測ですが、おそらくは)過去に報告がない運動エネルギーの自由度でマイナス温度を実現したという点がこの論文の新規性になっています。

5-7. Bose-Hubbardハミルトニアンに基づき、任意の数の原子で構成される引力的に相互作用する極低温ボソンのアンサンブルを作成しマイナス温度を実現した。quasimomentum分布(?)はバンド上限においてシャープなピークを形成し、数個の格子に渡る熱平衡およびボソンコヒーレンスが示された。負の温度は負の圧力を暗示し、低温原子の新たなパラメータ領域につながるものであり、根本的に新しい多体系を可能とするものである。
ここは結果とその議論をまとめているようですが、私には理解しきれませんでした。
なお7.の「負の温度における負の圧力」については熱力学の式を少し解くことで「温度と圧力」の符号が一致することが示され、負の温度であれば負の圧力(つまり系の体積が縮む方向の圧力)になります。(詳細は元論文のSupporting Informationを参照)

インパクトのあるタイトルの功罪

「絶対零度より低い温度を実現」ということでセンセーショナルに扱われているわけですが、実際は過去から存在する概念であり、それを新しく別の系で実現したというのが今回の結果です。
マイナス温度の話―科学ニュースの東スポ化― にあるように、センセーショナルなタイトルで耳目を集めるというのはアピールという点ではありなのでしょうが、一科学者としてはなかなか受け入れがたいことです。
(ただし、このセンセーショナルなタイトルのおかげで多くの人が「マイナス温度」という概念に触れることができたという点では功があったというのも事実なのでしょうが)

(2013/1/9追加)負の温度(反転分布)を利用したレーザー発振の原理