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生物物理計算化学者の雛

主に科学に関する諸々を書き留めています。

負の温度(反転分布)を利用したレーザー発振の原理

負の温度(過去記事 絶対温度0度以下の温度って?マイナス絶対温度を実現した元論文のアブストラクト抄訳&解説)が話題になっていますので、実際に負の温度を利用しているレーザー発振の原理を解説します。

離散的な状態と、光子との相互作用

レーザー発振では、電子基底状態・電子励起状態のように離散的な飛び飛びの状態間のエネルギー差を利用します。
離散的な状態間であっても、絶対温度0度以下の温度って?で解説したボルツマン分布はそのまま使えます。
その結果、熱平衡状態では下図のようにエネルギーの低い基底状態にほとんどの原子が分布し、エネルギーの高い励起状態にはわずかな原子しか存在しません。

このような離散的な状態にある個々の原子は、光子と相互作用することで状態を変えることができます。
以後の図中では光子のことを hν と表記します。ここで h はプランク定数、ν(ギリシャ文字のニュー)は光の振動数を表し、hνは光子一個のエネルギーの大きさを表します。

1.光励起

基底状態にある原子は、ある確率で励起状態とのエネルギー差 ΔE と等しいエネルギーの光子 hν=ΔE を吸収し励起状態に励起されます。

2.誘導放出

励起状態にある原子は、ある確率で hν に誘導されて光子 hν を放出して基底状態に戻ります。

3.自然放出

励起状態にある原子は、ある小さな確率で自然に光子 hν を放出して基底状態に戻ります。

ここで重要なこととして、「1.の基底状態の原子が hν を吸収して励起する確率」と「2.の励起状態にある原子が hν に誘導されて光子を放出する確率」は等しいという点があります。

反転分布(負の温度)が実現できれば、光を増幅するレーザー発振が実現できる

ここで仮に励起状態の方が存在比率が高い、つまり反転分布(負の温度)を実現できたとします。
その場合、反転分布している系にきっかけとなる光子を当ててやると、連鎖的に多数の光子が放出されます。

この現象を「誘導放出による光の増幅(Light Amplification by Stimulated Emission Radiation)」といい、この頭文字からLASERという単語が作られました。

2状態系では反転分布(負の温度)はつくれない

ところが、単純な基底状態・励起状態の2状態系では反転分布を実現することは不可能です。
励起状態の原子の数を増やすには、光hνを与えればよいのですが、この方法で実現できる励起状態の比率の上限は「基底状態:励起状態=1:1」までです。
(ちなみにこの1:1の比率になった状態は「温度=+無限大」に相当します。)

これは先ほど述べた「1.光励起」と「2.誘導放出」の確率が等しいことに由来します。
比率が1:1の時、「基底状態→励起状態」の確率と、「励起状態→基底状態」の確率が等しくなり、いくら光をあててもそれ以上励起状態の比率が上がらなくなるのです。

4準位レーザーの例

2状態とは別の状態を利用して反転分布を実現しているレーザーがあります。
その代表例として、レーザー発振に使う2つの状態と別に、追加の2状態を取り込んだ4準位レーザーがあり、具体的にNd:YAGレーザー等として実用化されています。

4準位レーザーでは基底状態に加え、短寿命の励起状態2つ(図中の励起状態1、3)と長寿命の励起状態1つ(図中の励起状態2)を利用します。

  • 1.最初は基底状態から励起状態1に励起
  • 2.励起状態1は極めて寿命が短く、励起状態2に瞬時に緩和
    • 励起状態2は長寿命なので、1.の光励起を継続することで、励起状態2に多くの原子が蓄積
  • 3.励起状態2に十分な数の原子が蓄積されると、いずれ励起状態2から3への自然放射が起こり、それがきっかけとなって誘導放出の連鎖が生じ、レーザー発振
  • 4.励起状態3も極めて寿命が短いので、最初の基底状態まで瞬時に緩和

このサイクルにより、励起状態2と3の間で反転分布を実現し、レーザー発振を実現しています。

参考文献

レーザー化学

レーザー化学