生物物理計算化学者の雛

主に科学に関する諸々を書き留めています。

論文―遺伝子組み換え穀物で育ったブタ、深刻な胃炎リスク増大―の統計学的検定を検算してみた

遺伝子組み換え穀物のみを飼料として与えたブタは、通常の穀物飼料で育てた場合よりも胃炎を発症する確率が大幅に高いことを示した論文が発表されました。

実験条件等についてはこちらの記事を参考にしてください。
遺伝子組み換え穀物で育ったブタ、胃炎リスク増大=豪米研究

掲載された雑誌 Journal of Organic Systems はオープンジャーナルのようで、論文本体をダウンロードすることができます。
http://www.organic-systems.org/journal/81/8106.pdf

Table 3の検定結果を検算してみる

論文中の Table 3 では遺伝子組み換え(GM)飼料で育てた豚(以下GM豚と書く)72頭と、非GM飼料で育てた豚(以下非GM豚と書く)73頭について臓器に異常が無いかを調査して得られた結果がまとめられています。


Journal of ORganic Systems, 8(1) 2013, 38 のTable 3 に日本語説明を付与

例として心臓の異常(2行目)の行を見てみると、非GM豚73頭のうち11頭に、GM豚72頭のうち5頭に何らかの心臓の異常が見られたことがわかります。

この数の差がGM飼料の影響を反映しているとするならば、GM豚の方が心臓異常が半分以下と少ないことから、GM飼料を使うことで心臓異常を減らすことができる、つまり心臓病予防のためにはGM作物を食べればよい!と結論できてしまいます

しかしながら実際はGM飼料は心臓異常に影響しないとしても、偶然による結果のバラツキによってこの結果が得られた可能性もあります

このような場合、得られた結果が「前提条件の違いによって生じた差である」(つまりGM飼料が心臓病を抑制する効果がある)のか、それとも「偶然によって生じた差に過ぎない」のかを統計学的に検証する作業が検定です。

この心臓異常についての検定結果は一番右の列に「p値 = 0.119」として示されています。
p値が0.05よりも大きい場合は「偶然によって生じた差として説明できる」という解釈になりますので、この心臓異常の結果はGM飼料によって生じた差ではないと判断できます。

心臓異常データのカイ2条検定をRで行う

このTable 3 の脚注には Uncorrected chi-square test (補正無しのカイ2条検定)を行ったと記述されていますので、実際に統計解析プログラム「R」をつかってカイ2条検定を行ってみました

参考:カイ2条検定

このようなケースではまず下のような分割表を考えます。

. 心臓異常有り 心臓異常無し
非GM豚 11 62 73
GM豚 5 67 72
16 129 145

そしてRで chisq.test 関数を呼び出せば簡単にカイ2条検定を行えます。
(補正無しのカイ2乗検定なので correct=FALSE オプションを付ける)

> chisq.test(matrix(c(11,62,5,67), nrow=2), correct=FALSE)

        Pearson's Chi-squared test

data:  matrix(c(11, 62, 5, 67), nrow = 2) 
X-squared = 2.437, df = 1, p-value = 0.1185

結果の最後に表示された p-value = 0.1185 は確かに Table 3 の心臓病の行の一番右のp値と一致しています。

この検定結果によりぱっとデータを見ることで思いつく仮説「GM作物には心臓病を抑制する効果がある」はこのデータだけでは正しいと考えることは難しいとう結論が得られました。


GMによる有意差が出た「重度の胃炎」の検定をRで行う

Table 3 の一番右の列「p値」を見ていくと、0.05よりも小さな値を示す結果を示した項目として「深刻な胃炎」があることがわかります。(p値0.004)

深刻な胃炎を起こしたのはGM豚23頭に対し非GM豚9頭となっており、「GM飼料が深刻な胃炎を引き起こす」という仮説を考えることができます。

こちらについても同様にカイ2乗検定を行ってみました。

. 深刻な胃炎有り 深刻な胃炎無し
非GM豚 9 64 73
GM豚 23 49 72
32 113 145
> chisq.test(matrix(c(9,64,23,49), nrow=2), correct=FALSE)

        Pearson's Chi-squared test

data:  matrix(c(9, 64, 23, 49), nrow = 2) 
X-squared = 8.1096, df = 1, p-value = 0.004403

確かにTable 3 中のp値0.004が得られました。

ゆえに「深刻な胃炎」に関しては偶然の結果ではなく、GM飼料が深刻な胃炎を促進しているという仮説は否定できないことになります。


本当にGM作物が胃炎を引き起こすのかを確認するにはさらなる研究が必要

この論文の著書らがまとめたデータにより、「深刻な胃炎がGM飼料によって引き起こされる」という仮説が簡単には否定できないものとして提案されました。

元記事にも

カーマン氏らは、遺伝子組み換え穀物の影響を調べるには、さらに長期的な動物飼育研究が必要だとしている。

とあるように、この研究のみでGM作物が危険なものであると結論できたわけではなく、これからさらなる追試が必要となります。

豚の飼育頭数を増やした実験、牛・羊といった別の家畜での実験、あるいは他の独立な実験家グループによる実験を積み重ね、多くの実験結果がこの仮説を支持するデータを示した時点ではじめてこの仮説はもっともらしいものとして存在感を得ることになります。

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