生物物理計算化学者の雛

主に科学に関する諸々を書き留めています。

分子動力学計算で使われる水モデルの構造と使用頻度

分子動力学(MD)計算において最も頻繁に使われる分子として水分子H2Oがあります。
水そのものの性質を調べることはもちろん、それ以外にも水溶媒中の生体高分子等の計算にも水分子は必要であり、そのモデルの正確性は結果に大きく影響し重要です。

3相互作用点水モデル

現在最もよく使われる水のモデルは各O原子、H原子2原子それぞれに1つずつ相互作用点を配置し剛体として扱う3相互作用点剛体モデルの一種であるTIP3Pモデルで、AMBERでもデフォルトだとこのTIP3Pモデルが使われます。
ただしTIP3Pモデルには拡散係数が実験値より2倍以上大きいという欠点があります。
他にも代表的な3相互作用点剛体モデルとしてSPC, SPC/Eモデルが、また使用頻度は低いですが剛体として扱わずOH間の振動等の分子内自由度を付与したモデルとしてSPC/Fモデルがあります

4以上の相互作用点を持つ水モデル

より忠実に水分子の性質を再現することを目的として相互作用点を4以上に増やした水モデルもあります。
最も代表的なものが4相互作用点剛体モデルであるTIP4Pモデルであり、酸素原子の電荷の位置を少しH原子側にずらしています。(図中のEP)
また5相互作用点剛体モデルとしてTIP5Pモデルがあり、酸素原子の孤立電子対が広がっている位置に2点の電荷を配置しています。(図中のEP×2)

特に3相互作用点モデルは氷の立体構造を保つことができない一方、TIP4PTIP5Pは氷の構造を保つことが知られています。
またTIP5Pでは水の密度が4℃で極大になることを再現できます。
これら水モデルの比較についての詳しい記述が書籍「すぐできる分子シミュレーションビギナーズマニュアル」のA12章にあります。

すぐできる分子シミュレーションビギナーズマニュアル (KS化学専門書)

すぐできる分子シミュレーションビギナーズマニュアル (KS化学専門書)

これら相互作用点を増やしたモデルは、一般により忠実に実験結果を再現することができますが、相互作用点の数が増えることからより計算時間がかかるようになる点が欠点となります。

各モデルの使用頻度

使用頻度を以前にDFT法で行ったように(DFT計算でB3LYPがどれだけ使われているかを調査)Scirusで調べてみました。

検索ワード 件数
"molecular dynamics" "TIP3P water" 4030
"molecular dynamics" "TIP4P water" 1172
"molecular dynamics" "TIP5P water" 255
"molecular dynamics" "SPC water" 2473
"molecular dynamics" "SPC/E water" 1803
"molecular dynamics" "SPC/F water" 19

TIP3Pが一番多いですが、SPC, SPC/Eモデルの使用頻度も思ったより大きい結果でした。

(関連項目)
なぜTIP3Pモデルを使うのか
DFT計算でB3LYPがどれだけ使われているかを調査