生物物理計算化学者の雛

主に科学に関する諸々を書き留めています。

原子炉を事前に停止すれば確かにリスクは下げられるという話

熊本を中心とする九州地方での地震多発を受けて、川内原発を停止すべきとする意見が持ち上がっています。

www.asahi.com

この件を受けたツイッターやブックマークコメントを見ると、「原発を止めても核燃料が入っている以上はリスクは変わらない」という内容のコメントが散見されます。

実際のところ、もし原発に甚大なダメージを与える事象が予見されているのであれば、事前に原発を停止しておけばかなりリスクを下げることができます。

運転停止後の原子炉崩壊熱は原発停止後に急速に減少する

原子炉は核分裂による膨大な熱エネルギーにより蒸気を発生させ、発電機のタービンを回すことで発電を行っています。

この核分裂を制御棒の操作により停止させることで、原子炉の運転は停止されます。

しかしながら、ここが原子炉の難しい部分になるのですが、核分裂停止後の核燃料は、核分裂により蓄積された放射性同位体の崩壊に由来する崩壊熱が発生し続けます。

この原子炉崩壊熱の冷却に失敗すると、福島第一原発で生じたような炉心溶融といった事故に繋がるわけです。

この崩壊熱が時間の経過によってどのように減少するのかは以下のサイトに説明されています。

d.hatena.ne.jp

また愛知淑徳大学の親松教授が以下のような論説を公開しています。

福島第1原子力発電所の原子炉崩壊熱の見積もり(PDFファイル)

この親松教授の論説の崩壊熱の時間経過の図に加筆したものを下に示します。

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条件として、原子炉の電気出力は福島第一原発の2-4号炉の出力に近い 800 MWe を想定しています。

原子炉の熱効率は三分の一程度なので、熱出力はその3倍の 2,400 MW(メガワット)になります。これが原子炉運転中に核分裂により生成される熱エネルギーになります。

2,400 MW といってもピンときませんが、これを冷やすためにどれだけの水が必要かを計算してみると、20℃の水を100℃に沸騰させて冷却すると想定すると、1秒間に3.75 7.1トンの水が必要になります。
(実際に運転中の原子炉が使う冷却水は毎秒数十トンのオーダーです)

そして、制御棒の操作により核分裂を停止させると、その直後に発熱量は運転時の約6%相当の 154 MW 程度(水に換算すると毎秒 0.24 0.46トン = 毎秒 240 460 kg)に激減します。

さらに6時間後には1%程度の 25 MW (水に換算すると毎秒 40 74 kg)に、そして1日経つと0.4%程度の 10 MW (水に換算すると毎秒 15 30 kg)と崩壊熱は急速に減少します。

このように、崩壊熱の下がり方と冷却に必要な水の量を確認することで、原子炉を安定して冷却するために必要な水の量のイメージをつかむことができます。

(2016/4/20追記)コメントで指摘がありましたが、お恥ずかしいことに水量への換算計算にミスがありました。
ジュールとカロリーの換算で正しくは X / 4.2 の部分が X / 4/2 となっていたため、水量が二分の一程度に過小評価されていました。
図についても値を修正しておきました。

また、水は液体のまま100℃まで吸熱させて取り除くという想定をしており、水が蒸発時に生じる潜熱(約540 cal/g)を考慮していません。
水を全て蒸発させると想定して潜熱を考慮すると、必要な水量はおよそ八分の一になります。

前もって原子炉を停止しておけば、冷却機能を失っても対処に時間をかけることが可能

このように、崩壊熱は運転停止直後の6%から1日の間に0.4%まで十五分の一に大きく減少します。

言い換えると、仮に冷却水が供給不可能になるという不測の事態が生じる場合は、1日前に停止してあれば冷却すべき熱量は1ケタ小さく抑えることができ、燃料棒の過熱による原子炉の破損まで長い猶予時間を得ることができます。

この猶予があれば、原子炉への冷却水の供給を回復させる作業を行う、あるいは周辺住民の避難などに費やすことができる貴重な時間を得ることができます。

以上の技術的観点からは、川内原発直下に原子炉を破損させるほどの大地震が生じる蓋然性が高いと判断するのであれば、事前に原子炉の運転を停止することに十分に意義があります。

ただし、川内原発を止めることにもリスクはある

ただし、現実には川内原発を停止することにもリスクはあります。

下の九州電力データブック2015の128ページから、発電所および送電網の図を引用し、追記したものを示します。
http://www.kyuden.co.jp/var/rev0/0051/6814/data_book_2015_all_l.pdf

f:id:masa_cbl:20160419004907p:plain

この図から想定できるシナリオとして2つ考えられます。

1. 南北を繋ぐ送電線は熊本を経由しており、仮に川内原発を停止した後に熊本での再度の大地震が起こり送電線が切断されると、九州南部の電力量が不足して大規模停電が生じる可能性がある

2.川内原発以上の発電量を有する新大分火力発電所付近で大地震が発生した場合、新大分火力発電所が停止すると川内原発を止めていた場合は電力量が不足して、九州全体に大規模停電が生じる可能性がある

他にも、仮に川内原発を停止するのであれば、電力安定供給を目的とする休止火力発電所再開のために九州電力社員のマンパワーが使われることになり、熊本などへの支援に割ける人員にも影響がでることになると考えられます。

以上の原発の稼動、停止両者が内包するリスク、コストを考慮しつつ、総合的な視点から川内原発の停止をどうするのかを考慮する必要があると考えます。



追記しました

masa-cbl.hatenadiary.jp