生物物理計算化学者の雛

主に科学に関する諸々を書き留めています。

リアルに人を集める産業(外食、ライブなど)は「公害産業」になってしまった

コロナ対策としては、コロナ感染リスクを増大させる「三密条件」(密閉、密集、密接)を避けるべき、という認識が定着しました。この三密条件が直撃したのが、狭い空間に大勢の人数を集めるライブハウスなどで、最近では、複数人での会話を伴う食事(会食)が極めて高リスクということも分かってきました。

このようなウィズコロナの状況では、三密条件が避けられない外食、イベントなどの産業は非常に残念なことながら周囲に害悪をまき散らしてしまう「公害産業」になってしまったとみなすことができます。

日本の明治以降の歴史を振り返ると、有毒な鉱毒を含む排水を流すことで生じた足尾銅山事件、有機水銀を流して生じた水俣病、コンビナートの処理が不十分な排ガスを排出することで生じた四日市ぜんそくなど、種々の公害病が生じました。
三密条件で人々を集めることで成り立っていた外食・イベント産業なども、この類似系で「コロナの拡散」という形で社会に「公害」を広げてしまっているとみなせるわけです。

過去の公害病を振り返ると、原因が排水・排ガスだと判明するまでに紆余曲折があり、また原因が判明しても対策として排水・排ガス処理を徹底させるにはコストがかかり経済的利益が失われるということで業者側の動きが遅れて、被害が拡大するということがあったようです。
これと同じことが現在の外食・イベント産業などでも起こっていると解釈できます。

特に中小企業が多い外食産業は、経済的利益を保つことは死活問題であり、また従事している労働者数もかなりの人数ですので、単純に「公害をまき散らすような産業はつぶせ」という議論は乱暴すぎで採用できません。
そうなると、いかに早く過去の公害病対策でされたような排水・排ガス処理に対応することを実現させるのか、が課題となります。
現時点でも、マスク着用、営業時間短縮要請などの害を減らす対策は打たれていますが、最近の患者数増大から、この対策だけでは不十分ということは明らかです。

最終的にはワクチンがいきわたるのを待つしかないのかもしれません。
あるいは、国家財政の10兆円オーダーでの赤字拡大というコストを払って、これらウィズコロナ時代の「公害産業」が倒産せずに生き残れるよう財政的支援を与えて休業をしてもらうか、でしょうか。
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行動制限、財政支出、死亡者数 コロナ対策でどれを犠牲にする?

日本政府はコロナ患者数増加に対する批判に押される形で、年末年始期間のGoToキャンペーンを全国的に停止することを決定しました。

すると今度は、GoToキャンペーンで持ち直していた宿泊施設が苦境に立たされる、という声が上がるようになりました。

また、様々な形でコロナ対策の支出が嵩み、国家財政が危機に落ちっているという声も上がっています。

この機会に、コロナ対策の定量的指標となる3つの要素をまとめて、これら全てを守り切ることはできない、という考察をしておきます。

3つの指標 行動制限、財政支出、死亡者数

これまでの日本では、コロナ対策として生活習慣を変容させる「三密回避」「マスク着用」「会食、カラオケなど高リスク行為の回避」といった呼びかけが功を奏し、10月頃まではなんとかコロナを抑え込むことに成功していました。

ところが、冬の到来とともに上記呼びかけだけでは抑えきれないほどにコロナが広がりつつあります。
この状況でどのような施策を打つべきなのかを考えていく必要があります。

このとき政策を選ぶ指標としては以下の3つを想定することができます。

1.行動制限 
2.財政支出
3.死亡者数

この3要素に対しどのようなバランスで政策を打ち出していくのか、という観点で考えをまとめていくことができます。
これら3要素をシミュレーションゲームなどでよくあるスライダーで表示しながら考えてみます。

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1.行動制限

春によく聞いた「接触の8割削減」という言葉に代表されるように、人の動きを止めることがコロナ対策としては有効です。

一番極端で、かつコロナを抑え込むには極めて強力な施策としては「ロックダウン」がありますが、経済的ダメージが極めて大きいということで、極力避けたい施策となっています。

今の日本は、飲食店に対して午後10時以降の営業自粛を要請、あるいはGoToキャンペーンの一時停止などで行動制限を徐々に強めている段階です。

2.財政支出

行動制限などを行う際には、営業を自粛する店舗に対して協力金を支給するなど、追加で財政支出が行われます。

また、コロナの蔓延により医療機関を受診する患者が減っているなどの要因があり、コロナ患者の治療を行う医療機関に対してもかなり大きな財政的補助が必要となっています。

他にも、春に行われた日本の全住民に対する1人10万円の特別定額給付金の支給など、様々な形で日本の財政支出が増大し、財政赤字も増大しています。

3.死亡者数

コロナに罹った人の一部は、最悪の帰結として死亡してしまいます。

コロナによる被害を定量化する数値としては様々なものが想定されますが、一番わかりやすい指標として死亡者数を考えることにします。

感染症は対策を打たずに放置すると指数関数的にすさまじいスピードで蔓延し、「8割おじさん」が行った最悪の場合の試算としては42万人が死亡する、というものでした。
この数値は、東日本大震災の死者数がおおよそ2万人ということを考えると、とてつもない数字であることがわかります。

また、コロナの影響で失業した人などの一部は経済的苦境をもとに自殺を選んでしまう、ということも起こります。

これらコロナによる、あるいは経済的苦境による死亡者数をいかに抑え込むのかが大きな指標となります。

3要素を同時に最小限に抑えることはできない

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行動制限、財政支出、死亡者数の各要素について考えると、行動制限はなるべく弱く、財政支出はなるべく小さく、死亡者数はなるべく少なくしたいということになります。

しかしながら、これら3つを同時に抑えられるような政策は存在しなさそうだ、ということが以下の考察で分かります。

パターン1:行動制限をせず、財政支出もしなければ死亡者数が膨れ上がる

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これはまさに「何も対策を打たなければ42万人が死亡する」というコースになります。
さすがにこれは許容されないですね。

パターン2:ロックダウン、ただし財政支出なし

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とにかくコロナの蔓延を抑えることを目的として、強力な行動制限としてロックダウンを実行します。
ただし、国家財政には余裕がないということで、宿泊業者・飲食店などに対しては何ら財政支出を出さないものとします。

この場合、コロナを抑え込むことはできますが、業者の多くが破産して、失業者があふれて経済的苦境を背景に自殺者が急増することが予想できます。
また、日本では法律的に休業を強制できないため、経済的苦境に陥っている飲食店などはロックダウンを無視して営業するケースが続出し、コロナを抑え込め切れないリスクも残ります。

パターン3:ロックダウンをして、潤沢な財政支出

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とにかく死亡者数を最低限に抑えたい、という場合はロックダウンを実施し、さらに企業の倒産などを防ぐための潤沢な財政支出をする必要があります。

この場合は相当な金額の財政支出が必要となり、相当額の赤字国債の発行が必要となり、国家財政の借金が膨れ上がるという結果になります。

パターン4:行動制限はかけずに、潤沢な財政支出

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あまりありそうにないですが、3要素の組み合わせとしては、行動制限は一切せずに、財政支出は潤沢に行うという政策も考えられます。

行動制限をしないということですさまじい数のコロナ患者が発生しますが、コロナ患者を受け入れる医療機関に対して潤沢な金額を与えることで病床数を増やし、なんとか対処するという考えです。

ただしこれを実行しても、コロナ患者を適切に治療可能な技能を有する医療従事者の数は限られていますので、いくら大金を積んだところで追加できる病床数は限られています。
また、コロナ患者に対する特効薬は存在しないので、治療を行ったとしても救命しきれない患者はかなりの数に上りますので、パターン1の無策の場合よりは若干マシな程度の死亡者数になると見込まれます。

どれを犠牲にする?

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結局のところ、有効なワクチンがいきわたるまでは、3要素全てを同時に抑えることは不可能です。
そのため、政府の政策に対しては、3要素いずれかに着目をすることで、いつでも以下のような批判のいずれかを行うことが可能となります。

  • コロナ患者が増えているのは政府の無策のせいだ
  • 飲食店・宿泊業者が経済的に苦境に立たされているのは政府の無策のせいだ
  • コロナ対策で国の借金が膨れ上がっている、これは政府の無策のせいだ

コロナが猛威を振るっている間は、3要素の少なくとも1つは犠牲にする必要があります。
ですので、どの要素を重要視し、どの要素についてはある程度犠牲にせざるを得ない、ということを考えて、建設的な批判を行っていただきたいな、と願っております。

GoToキャンペーンはコロナ患者数増加の「主犯」ではなさそう

11月以来、日本でのコロナ患者数が増加し続けており、医療現場への負担が相当大きなものになっています。
この原因は、GoToキャンペーンによる旅行・外食への補助にあるとして、GoToキャンペーンを早急に取りやめるべき、という意見が日に日に大きくなっています。

人の移動・会食を促進するGoToキャンペーンはコロナ患者数を増やす方向に作用することは確実と言えます。
しかしながら、日本よりも強力なコロナ対策を実施している韓国でも、日本とほぼ同じタイミングで患者数増大が始まっています。

日本・韓国の患者数の推移を下図に示します。
なお、韓国の患者数は緑色の線で、また日本の患者数と同じスケールに合わせるために韓国の患者数を4.236倍したものを青色の線で描画しています。

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日本韓国コロナ患者数比較

この図の患者数データは以下のサイトより取得しました。
www.worldometers.info


この日韓の比較から、少なくともGoToキャンペーンがコロナ患者急増の「主犯」ということはなさそうだ、と推定することができます。
(もし韓国でも日本のGoToキャンペーンと同様の取り組みを行っている、というのであれば話は別ですが)

では何が効いているのかというと、一番ありそうなのが冬の到来による気温の低下です。

以下に 日本の患者数ー東京の日次平均気温、韓国の患者数ーソウルの日次平均気温 をプロットしました。

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日本での患者数ー気温の関係
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韓国での患者数ー気温の関係

日本・韓国とも気温の低下と連動して患者数が増える傾向を確認できます。
気温が低下すると換気がおろそかになって、三密条件が成立しやすくなっていると考えられます。
日本で夏場に患者数が増えたことも、同様に冷房を使うと換気がおろそかになるためだろう、と推定できます。

なお韓国でも夏場に患者が増えていましたが、これは新興宗教団体での大きなクラスターによるものだったと記憶していますので、気温が主因ではない可能性が高そうです。
www.jiji.com


当然のこととして、GoToキャンペーンがコロナ患者を増やす方向に寄与していることは確実ですので、停止を求める声が上がることは理解できます。
ですが、以上の考察から、GoToキャンペーンは「主犯」ではないので、仮に即時中止をしたとしても、患者数増加が一気に収まる、ということは期待できません。

三密を避ける、会食を避ける、マスクをつける、手を良く洗うという基本をきちんと実施することがコロナ患者抑制には重要です。

アメリカには「債務超過の優良企業」があるのかぁ

株式投資に関するブログをいろいろ見て回っていたところ、興味深い記事に遭遇しました。

「配当金を雪だるま式に増やす投資日記」 ~Dividend Snowball Investing~: 配当貴族銘柄の紹介 コルゲート・パルモーリブ 鉄板銘柄の一つ Colgate-Palmolive Co. (CL) 53年連続増配 S&P Dividend Aristocrats #40


ここで紹介されているアメリカの会社コルゲート・パルモーリブ(Colgate-Palmolive Co.、以下CL社と表記)は日本での知名度はありませんが、石鹸や洗剤などをを扱う多国籍企業です。

業績も極めて堅調であり、過去25年間にわたって増配を継続している「配当貴族銘柄」にもリストアップされているほどです。


優良企業と言ってよいCL社ですが、そのバランスシート(貸借対照表)を見ると、元ブログ記事にもあるように、実は「債務超過」になっています。

YAHOO Finance に掲載されている貸借対照表の株主資本のところを見ると、下図のようになっています。

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Yahoo Finance より株主資本の部分を抜粋、赤字はブログ主による追記

見ての通り、2015年12月期の Total Stockholder Equity (株主資本 計)は -299,000 千ドル(約-320億円)となっており、帳簿上は完全な債務超過になっています。

4月末に発表された最新の四半期決算ではさらに債務超過額が増大し、株主資本は -370,000千ドル(約-390億円)まで膨らんでいます。

債務超過になった理由ですが、決して赤字がかさんで債務超過になったわけではありません。
Retained Earnings(過去の利益の累積)とほぼ同額の Treasury Stock (自社株、金庫株)が存在することから、自社株買い(と配当金)により株主へと利益のほぼ全額を還元しているためだとわかります。

日本の上場企業であれば、ほとんどの場合「債務超過=倒産、あるいは上場廃止」なので、このような「債務超過の優良企業」が存在するという情報には非常に驚かされました。



冷静に考えてみると、毎年黒字を計上し、順調に利益を上げ続けることが可能であることが期待できる企業であれば、少々の債務超過など問題にはならないことは理解できます。

日本でも、公務員や一流企業などの安定した収入を見込める職についている人であれば、長期の住宅ローンを借りて「債務超過」の状態になってでも住宅を購入することは十分に一般的であることに対応していそうです。

ただし、日本の企業に関しては、バブル崩壊後の貸し剥がしや景気低迷の経験があったために、「赤字に転落したときに倒産せずに耐えるためには、内部留保をいくら溜め込んでも足りるか分からない」といった不安が強くあるようで、企業も利益を溜め込み続けているように思われます。

これが、以前まとめた「企業が貯金をし続けている(借金を返し続けている)」という話につながっています。

masa-cbl.hatenadiary.jp
masa-cbl.hatenadiary.jp


以前の記事でも書いたように「誰かの借金は誰かの資産」という関係が成立していますので、社会全体で見れば「政府、企業、家計」のどれかが借金を背負う必要があります。

この観点から言えば、債務超過になってまでも資金を社会に還元するCL社は、だれかが負わなければならない負債の負担を積極的に負っているわけであり、極めて大きな社会貢献をしている企業だと感じます。

CL社のように債務超過になるまで資金を放出せよとまでは言わないまでも、日本でももうすこし企業がお金を社会に還元してくれるような環境ができあがってくれることを望みます。

『米国人の死因、第3位は「医療ミス」か』の元論文をチェック

CNNが医療ミスが第3位の死因であり、推計25万人が毎年死亡している可能性がある。という論文がアメリカのジョンズ・ホプキンス大学の研究チームから発表されたとする記事を載せています

www.cnn.co.jp

こんなに多いには驚くべきことだ!という第一印象を持ち興味が沸きましたので、元論文を探してみました。

英語版の記事には元論文へのリンクあり

まずCNNの英語版の元記事を、CNNサイトで「Medical error」のキーワードで探したところ、すんなりと見つかりました。

edition.cnn.com

そして、この英語記事中では、元論文へのリンクがしっかりと張られていました。
日本語の記事でも、リンクくらい貼っておいてくれれば便利なのですが・・・

Medical error—the third leading cause of death in the US | The BMJ

この論文の本文は2ページと短いものでした。

医療行為による有害事象について、正しい集計がされていないことが問題だ

読んでみたところ、現在のアメリカのシステムでは、患者が死亡した際に医療に伴う有害事象(adverse event)を報告するのに適しておらず、医療ミスによる死亡を正しく集計できていないことを指摘するものでした。

一例として、移植手術後に異常を訴えた患者に対して、心膜穿刺による検査を行ったが異常は見つからず退院させたところ、内臓出血を起こし、再度病院に戻ったが最終的に亡くなったというケースが挙げられています。
このケースでは、心膜穿刺の際に肝臓を針が傷つけたために動脈瘤が生じたことが原因と分かりましたが、「心臓血管の異常による死亡」と報告されていました。

そして、過去に報告されているいくつかの調査の値から推測すると、CNN元記事のタイトルのような第3位の死因である可能性があるとするものでした。

この事態を改善するためには、まずは医療行為によって生じた有害事象を正しく報告するように、システムを改善しなくてはならないと著者らは主張しています。

正しい情報が集まれば、頻繁に生じる事象に対しては対応策を事前に検討し準備することが可能となり患者を救命できる可能性を高くすることができる上、エラーをより効率的に減らすことも実現できると主張しています。

具体的な医療ミスのイメージを掴むため、さらに報告書をたどってみた

具体的にどのようなケースを医療ミスと想定して調査がされているのかが気になったため、この論文で引用されている報告の1つについて、ざっと目を通してみました。

ADVERSE EVENTS IN HOSPITALS: NATIONAL INCIDENCE AMONG MEDICARE BENEFICIARIES

具体的な事象として以下のような様々な事象が挙げられていました。
・大量出血
・精神錯乱、心理状態の変化
・低血糖
・急性腎不全
・過剰な点滴投与
・誤嚥
・重度の低血圧
・呼吸器合併症
・尿路感染症
・血管カテーテル感染症

このような事象に対して、別の医師が治療記録を確認し、回避可能な事象であったか否かを判定することで、(避けることが可能だった)医療ミスの比率を見積もっています。

例えば、アレルギー反応に由来する事象については、避けられなかったと判定する医師が多い結果でした。

また、抗凝血剤(英語だと blood thinner、血液を薄めるもの という表現なんですね)による胃の大量出血については、相対的に健康な患者のケースでは避けられたはずと判定し、胃潰瘍がある患者については避けられなかったものだと判定しています。

事象によって確率は異なりますが、全体の平均として半分程度は避けられたはずという判定になっています。

このような判定により、医療ミスによる死者の比率を見積もっているということであれば、私としては納得できる結果に終わりました。

日本でこういった研究はされているのでしょうか?
日本での状況が気になるところです。

高額医薬品ニボルマブ(オプジーボ)の価格はどう決められたのか

小野薬品工業が Medarex社(アメリカ)との共同研究により開発し、ブリストル・マイヤーズ社(アメリカ、Medarex社の親会社)と共同販売を行っている医薬品ニボルマブ(製品名 オプジーボ点滴静注20mg)は、悪性黒色腫(メラノーマ)、肺がんなどの各種がんへと使用されている、あるいは適用が見込まれている有望な新薬です。

従来型の化学構造で記述される抗がん剤とは異なり、ニボルマブはモノクローナル抗体医薬品という、新しいメカニズムで作用する医薬品です。

ある種のがん患者に対する臨床試験では、1年生存率が従来の抗がん剤の20%台がニボルマブでは40%台にまで向上するなど、かなり有望な効果が立証されています。

薬理作用や効用については、以下の資料を参考にしてください。

ニボルマブ―日本の研究が生んだ抗体医薬
オプジーボ(一般名:ニボルマブ(遺伝子組み換え))作用機序 | オプジーボ.jp


ニボルマブについて、その効果は大きいものの、費用が極めて大きく、将来的には国家財政への影響も無視できないレベルであると危惧する声が上がっています。

bylines.news.yahoo.co.jp
toyokeizai.net

ニボルマブの薬価は驚くほど高いのは事実でして、平成26年9月の新医薬品一覧表によると、点滴用の薬剤が 20 mg で 150,200 円、100 mg で 729,849 円 という価格になっています。

ニボルマブの用法・容量によれば、「切除不能な進行・再発の非小細胞肺癌に対して 3 mg/kg(体重) を2週間間隔で点滴」とありますので、体重 60 kg の患者1人が1ヶ月に使用するニボルマブの価格を計算すると、恐ろしいことに二百七十万円という高額になります

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日本では「高額療養費制度」のおかげで、患者の自己負担額は数万円~10万円強で済みますが、代わりに健康保険協会などが負担することになるため、マクロに見れば社会全体でこの費用を負担する必要があることには変わりありません。

この記事中の試算によれば、仮に想定される肺がん患者全て(15,000人)がニボルマブを使用すれば、6,300億円という金額になります。
日本中の大学・研究所の研究活動を支えている科研費の1年間の総額が 約2,600億円(平成23年度)なので、いかにこの金額が大きいかが実感できます。

そして、この種の高額な医薬品が次々に認可され使用されるようになれば、簡単に兆を超える国家財政規模の金額が必要になってしますわけです。

今回は、どのようにしてこのような高額な価格が決められたのかを調べてみました。

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制御棒が動かなくても原子炉は止められるという話

今度は「熊本地震により川内原発で制御棒の出し入れが100%作動できず、原発を停止できなくなっている」という話が広まっているようです。

togetter.com

大地震や大津波の直撃により、福島第一原発のようにありとあらゆる設備が破壊されたような状況であればともかく、遠くで起きた地震で仮に一部機器に障害が出たという状況であれば、原子炉は制御可能であるように設計されています。

今回は、仮に制御棒の操作による原子炉停止操作が不可能になった場合に、対応策として用意されている原子炉を停止させる別の手段を説明します。


今回記事の多くは、伊方原発に関して高知県のウェブサイトで公開されている資料 「原子炉を止める対策」に関する回答要旨(PDFファイル) を参考に執筆しています。
興味のある方は、一度目を通しておくことを推奨します。

ざっくりとした説明


制御棒が動かない場合は、主に以下の2つのアプローチで原子炉を停止させることができます。

1.冷却水にホウ素を混ぜる

ホウ素は原子炉の膨大な熱を生成する主役である核分裂反応を抑制します。

そのため、冷却水にホウ素を高濃度で混ぜることで、制御棒の操作無しでも核分裂反応を停止させることができます。

福島第一原発事故の際も、原子炉にホウ素を含む水を注水することは頻繁に報道されていました。
これは、万が一壊れた原子炉内で核分裂反応が継続してた場合に、核分裂反応を抑制することを目的として行われた作業でした。

2.発電機への蒸気を止めることで、冷却水の温度を上昇させる

通常動作時において、原子炉で生成された熱エネルギーは、発電機への蒸気として原子炉から出ていきます。

そのため、発電機への蒸気の供給を止めてしまうと、原子炉内の温度が上昇します。

原子炉は動作温度より高い温度では核分裂反応が停止するように設計されていますので、この蒸気の供給を停止する操作により、制御棒の操作無しで核分裂反応を停止させることができます。

あとは原子炉が壊れる程の高温にはならないように冷却を続ければOKです。


詳細な説明

核分裂の原理

原子炉は核燃料である燃料棒、制御を行う制御棒、そして原子炉内を満たす水で構成されています。

運転中は制御棒は燃料棒の間から引き抜かれた状態になっており、この状態では核分裂反応が活発に生じて膨大な熱エネルギーを生み出し続けます。

運転停止時には、制御棒を燃料棒の間に差し込むことで、核分裂反応を停止させます。

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運転中にどのように核分裂が進行するのかを説明します。

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ここで2種類の中性子が出てきます。

1つ目は、核分裂を起こすウラン235から放出される高速中性子です。
その名前の通り、極めて早い速度(秒速1万キロメートル以上、光速の3%以上)で動く中性子です。

2つ目は、高速中性子が減速されて生じる熱中性子です。
熱エネルギーと同じ大きさという意味で「熱」という言葉がついており、高速中性子と比べると速度は6桁以上小さくなっています。

水などのいくつかの物質は、高速中性子を効率良く減速させて、熱中性子に変えることができます。
燃料棒の間が水で満たされている場合、燃料棒から放出された高速中性子は熱中性子になって、別の燃料棒に到達することが可能になります。

ウラン235は熱中性子を吸収して核分裂を行いますので、この状態では核分裂が進行することになります。

水が無くなると核分裂は止まる

もし水が無くなってしまった場合には、核分裂反応は停止します。

これは、減速材である水がいないため、高速中性子を熱中性子に変換することができないためです。

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そのため、原子炉が破損して冷却水が全て失われても、核分裂反応が暴走して核爆発が生じるというリスクは無視することができます。

制御棒の作用

制御棒は中性子を吸収しやすい素材でできています。

燃料棒の間に制御棒を挿入することで、核分裂を停止させることが可能になります。

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ホウ素を含む水は制御棒と同じ働きをする

ホウ素原子は、効率良く中性子を吸収することができます。

冷却水に高濃度でホウ素を混ぜることで、制御棒を挿入した場合と同じように、核分裂反応を停止させることができます。

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温度上昇は水を膨張(密度低下)させて、中性子の減速を不十分にする

原子炉内の温度が上昇すると、水が膨張して密度が低下します。

すると、中性子が他の燃料棒に到達するまでの間に十分な減速を受けることができなくなり、核分裂反応が起こらないようになります。

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また、川内原発のような加圧型原子炉(PWR)では重要でないですが、沸騰水型原子炉(BWR)では、水の沸騰より気泡が多くなると、やはり水の密度を低下させることになり、核分裂反応が抑制されることになります。(ボイド効果)

またここでは説明を省きますが、燃料棒の温度上昇もまた核分裂反応を抑制する方向に働きます(ドップラー効果と呼ばれます)