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生物物理計算化学者の雛

主に科学に関する諸々を書き留めています。

2013年ノーベル化学賞は多階層シミュレーション(QM/MM計算)の3人に

さきほど2013年ノーベル化学賞が発表され、 Martin Karplus, Michael Levitt, Arieh Warshel の3人が「for the development of multiscale models for complex chemical systems (複雑な化学系のマルチスケールモデルの開発に対して)」の仕事で受賞しました。

受賞した3人とも分子動力学シミュレーションで世界的に使われているプログラムパッケージ「CHARMM」の開発に携わっています。(私はCHARMMは使ったことが無く、あまり詳しくはないのですが)

ちなみにCHARMMと双璧をなすもう一つの有名なプログラムパッケージ「AMBER」の開発者である Peter Kollman は既に亡くなられており、もしご存命でしたら今回受賞されていたかもしれません。

マルチスケール(多階層)モデルのシミュレーションとは

今回の受賞では「multiscale models(多階層モデル)」という言葉が入っています。

これは「計算量は小さいが化学結合の切断を表現できないニュートン方程式に従う古典的計算」と「計算量が大きいがきちんと電子の状態を解くシュレディンガー方程式をベースとする量子的計算」を組み合わせる手法となっています。

(古典的な計算(MD計算)の動画はいくつか作成してアップロードしていますので、興味のある人はこちらを見てください

原子の数が増えると量子的計算では爆発的に計算量が増えますが、古典的計算では計算量の増え方は穏やかです。
そこでこの両者の手法を組み合わせたわけです。

この組み合わせ計算はよくQM/MM(Qmantum Mechanically 量子力学的/Molecular Mechanically 分子力学的、古典的計算のこと)と呼ばれ、最近では非常によく使われる手法となっています。

これは以前書いた記事(諸熊奎治先生 文化功労者に選ばれる)で出てきたONIOM法もQM/MMに近い思想の計算方法です。
諸熊先生の貢献もノーベル賞サイトのプレスリリース資料に記述されており、同じ分野の受賞は喜ばしいとコメントを出されています。
ノーベル化学賞逃し…諸熊教授「同じ分野の受賞、喜ばしい」


例えばタンパク質の性質を計算したい場合、古典的計算は計算量が少ないのでタンパク質まるごとの数万〜数十万原子の計算を行うことは十分に可能です。

その代わり古典的計算では計算できることは限られており、化学結合の切断、生成といった反応を取り扱うことはできませんし、電子状態を計算して電子分布の偏りをチェックしたり、福井先生のノーベル賞で有名なHOMO/LUMOといった電子軌道の解析も不可能です。

かといって電子状態をまともに計算する量子的計算は計算量が極めて大きく、現実的に計算できるのは数百原子程度が限界で、タンパク質まるごとの量子的計算をすることは現在のコンピュータ資源ではたとえスパコン「京」を使ったとしても難しいのが現状です。
(2013/10/10 01:08 追記 フラグメント分子軌道法等の大きな系の量子的計算を実現するアルゴリズムを使えばタンパク質まるごとの量子的計算も可能になりつつありますが、それでも分子動力学計算のように量子的計算を何度も繰り返す用途に使うには計算時間がかかりすぎるのが現状です。)


例えば下の図は2008年のノーベル化学賞であったGFPタンパク質ですが、このタンパク質の「色」を調べるためには量子的な計算をして電子状態を知る必要があります。

しかしながら周囲の水分子を含むタンパク質全体を量子的に計算することは計算時間がかかりすぎて不可能です。

そこでタンパク質内部に埋もれている色素の部分だけは量子的に計算し、その周りは古典的に計算するという今回の受賞対象の手法QM/MM計算が使われるわけです。
(当然ですが量子的な計算の部分と古典的な計算の部分をつなぐためにはいろいろな工夫が必要となります)


他にも酵素タンパク質に対しては、化学結合の切断や生成等の化学反応を起こす部位だけは量子的に扱い、その他のタンパク質や水溶媒の部分は古典的に計算するQM/MM計算も頻繁に行われています。

また創薬を目的として、ある薬の候補となる分子がターゲットタンパク質の特定部位とどれだけ強く結合できるのかどうかを精密に計算するために、結合に重要な部分だけは量子的に計算して精密な相互作用計算を行うことも行われています。


酵素反応の解析、創薬のための精密な相互作用計算等、さまざまな応用にも展開されており、QM/MM計算はノーベル賞を受賞するに十分に値する強力な計算化学手法となっているわけです。

続きを書きました
ノーベル化学賞を共同受賞したWarshelとKarplusは複雑な人間関係?

参考文献

QM/MM計算の応用等、分子シミュレーション分野の最新の知見がまとめられています。