生物物理計算化学者の雛

主に科学に関する諸々を書き留めています。

D.E.Shaw ResearchとMD専用機Anton

MD計算専用計算機Antonにより通常の計算機とは別格のMD計算速度を実現し、ミリ秒スケールの桁違いに長いシミュレーションを実現したことで有名なアメリカの研究所 D E Shaw Research とその主催者 David E.Shaw博士についてまとめました。

参考資料
http://www.bscrc.jp/freePresen_101015/sekijima_bscrc101015.pdf (PDF、p.15-17)
http://kuchem.kyoto-u.ac.jp/hikari/yuragi/newsletter/F%26F_NL09.pdf (PDF、p.7-8)
http://en.wikipedia.org/wiki/David_E._Shaw (英語版wikipedia
http://www.deshaw.com/articles/Alpha_March09_PowerofSix.pdf (英語PDF)

世界最大級のヘッジファンドD.E.Shaw & Co.

http://www.deshaw.com/index.shtml
計算科学分野でのPh.D.を保有するShaw博士は1988年にヘッジファンドであるD.E.Shaw & Co.社を立ち上げた。

コンピュータ資源を活用した高度な数学的手法による資産運用により現在では世界最大級のヘッジファンドとなる程に成功し、2012年現在で従業員1100人以上、運用資産は260億ドル(2兆円程度)となっている。

Shaw博士の個人資産は25億ドル(2000億円程度)と見積もられている。

計算生化学研究所D.E.Shaw Research

http://www.deshawresearch.com/index.html
2001年にShaw博士は数十名の生物学、化学、計算機科学、工学、数学、物理学等の多彩な分野の研究者を集めてD.E.Shaw Researchを設立し、超高速MD計算実現を目的とする超多並列計算機の開発を行った。

そして512ノードで構成されるMD計算専用超多並列スーパーコンピュータAntonの構築に成功した。


Shaw博士がD.E.Shaw Researchを設立した背景として、1980年代のコロンビア大学在学時にタンパク質折り畳み(フォールディング)研究の大家であるCyrus Levinthal博士(タンパク質の可能な配座構造の数は膨大であり、最安定フォールド構造探索がランダムに行われるならばフォールディングには非現実的に長時間かかるとするLevinthal's paradoxで有名)と共にタンパク質フォールディング予測のための専用計算機の設計をしていたが、当時は有効な解決策を得ることができなかったという動機がある。

MD計算専用機Anton

Antonの製造は日本の富士通で行われ、マンハッタンにあるヘッジファンドD.E.Shaw & Co の45階建ビルの32,33階に設置されている。

なお、名称Antonは歴史上はじめて顕微鏡で微生物を観察したアントニ・ファン・レーウェンフック(Antoni van Leeuwenhoek)にちなんで命名された。

Antonプロジェクトのために数十億円の費用が費やされた。


2009年にはAntonによるミリ秒スケールという正に桁違いの長さのMD計算が報告され、タンパク質の長時間揺らぎの解析が現実的なものとなった。(この点については http://kuchem.kyoto-u.ac.jp/hikari/yuragi/newsletter/F%26F_NL09.pdf の7-8ページが良い参考になります。)

Shawはさらに16のスーパーコンピュータを設置し、大学やその他非営利機関が無料で利用可能にできるようにしたいと考えている。

感想

以前からD.E.Shaw Researchはビジネスで成功して得た資金を元に研究を行っていると聞いていましたが、そのビジネスがこれほどに大きな世界最大級のヘッジファンドであるとは知りませんでした。

個人資産2000億円を保有するShaw博士が自ら陣頭に立ってプロジェクトを進めていることから、研究活動におけるもっとも大きな制約となる資金面で強力な強みとなっていることは明らかです。


Antonの開発費が数十億円(tens of millions of dollars)だと知って、スーパーコンピュータ京(構築費約1120億円+運用費年80億円)との費用対効果についても考えてしまいます。

実際はAntonはMD計算専用であり他の用途には使用できず、一方で京は汎用的に多彩な用途に利用できる違いはあるものの、やはり専用機のコストパフォーマンスは桁違いにすごいです。

ハードウェアについてはさほど知識がないのですが、汎用機を1つ作るのではなく、用途に合わせた専用機を複数作るほうがコストパフォーマンス的にもよろしいのではないかと思ってしまいます。


ちなみに日本でもMD GRAPEのようなMD計算専用機の開発は行われています。

下の本はMD GRAPE開発者が執筆した本で、いかに安く計算ボードを作るかという四苦八苦が記述されておりなかなか面白かったです。

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